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2009年6月

2009年6月26日 (金)

妄想を狩るべきか? ~児童ポルノ規制法改正に関して~

またキナ臭くなってきた。

私は児童に対する性的虐待には大反対だし、こう言ったポルノグラフィーについては何らかのコントロールが必要だろうとは思っている。(「規制」=「禁止」と言うニュアンスが強いが、この場合もう少しべつなやりかた、細かなレーティングとか流通規制とかの方が有効だろうと思う。)
しかし、特に単純所持の一律禁止やバーチャルの禁止には反対だ。理由は三つある。
一つ目は、恣意的な取り締まりや冤罪の危険性。
二つ目は、そもそもこれは個人の心の問題であり具体的な被害者が存在しないのになぜ犯罪になるのかということ。
これらについてはネットで多くの意見が出されているのでここでは触れない。

三つ目はもう少し心の奥の問題になる。それは人の心に巣食う邪悪な妄想を否定し、それを表現することも見ることさえ禁止することが、本当に問題解決につながるのか?と言う疑問だ。

人の中には衝動的な悪意や肉体的な欲望、利己的な動機や他者に対する冷酷さと言うものがある。それらに具体的なイメージや実行方法を与えることは確かに危険なのかもしれないが、その一方で意識から追い払って自分には関係のないことのように考えることでも克服できない。例えばあなたがカウンセラーだとして、邪悪な妄想に抱えた患者の相手をするとしたらどうするだろうか。とりあえず心の中にあるものを表現させて、原因を追究し、それから対処法を一緒に考えるだろう。少なくとも頭から否定するようなことはしないはずだ。
邪悪なアイディアを思いついた子供に対して「ダメ、絶対ダメ!そんな恐ろしいことは喋ってもいけないし考えてもいけません!」と言う親がいたらどうなるだろうか。邪悪な想念は心の内側に向かい深く沈潜し、別なものに変化し、大人になった彼もしくは彼女をもっと危険な存在に変えてしまうかもしれない。
児童性愛や性的暴行を扱ったポルノグラフィーと言う邪悪な妄想を取り締まることは容易だ。しかしそれらの妄想を刈り取った後にはモヤモヤした暗く深い空洞が残る。児童ポルノ取締り強化を主張する人々はこの空洞をどのようにして埋めるかきちんと考えているのだろうか。本来、弱者に対する性的暴行と言う妄想は支配欲や征服欲に近いものだから、それらは軍国主義や民族主義、あるいは宗教的狂信などによって容易に利用されうる。女性の権利を認めないような社会で、そう言った集団が力をもち内戦や専制支配が横行するケースが多いことを思い出してほしい。
アーシュラ・K・ルグインの「影との戦い」(ゲド戦記と言った方が通りは良かろう)では主人公が禁忌の魔法で呼び出した「影」の正体は彼自身の邪悪な心であり、その事実を認め再統合することで物語が終わる。
児童ポルノグラフィーは邪悪であるが、バーチャルな物はたかが妄想である。妄想を禁止しても得るところは少ない。それよりも妄想の裏にあるわれわれ自身の心を理解し、より良い生き方を探す手がかりとすることのほうが大切である。

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2009年6月18日 (木)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その3、1式戦、2式単戦、4式戦、そして3/5式戦、)

中島の戦闘機は97戦、1式戦の3本桁方式から、2式単戦の2本桁方式(変形)を経て、4式戦へと発展した。

図 1式戦の主翼構造

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最近アメリカで1式戦のレストア(レプリカだったかな?)をやった人に言わせると“1式戦の主翼は薄板を組み合わせた構造で主桁が無い”だそうだが、まぁこれは言いすぎで一応3本の桁が通っている。また、零戦や3式戦の主桁はトラス桁だが1式戦の主桁はIビームなので、桁が多いとはいえ上手く省力化している。左右の箱型構造(内部は燃料タンク)が胴体中央部でつながったシンプルな構造だが、二番桁と干渉するので翼内砲を装備できず大戦後半には火力不足に苦しんだことは有名だ。もっとも、わずか1000馬力のエンジンに対して際限無い重武装を求められた零戦の轍を踏まずに済んだことはかえって幸運だったのかもしれないが。
中島機の特徴である直線前縁のため主桁には前進角がついているが、この結果主桁が主脚引き込み部を避ける形になっている。ただ、この主脚は他の機体よりも車輪が一回り小さく、あまり高速で滑走するようには出来ていなかったようだ。古い世代の低速・低翼面荷重の機体だったことがわかる。

図 2式単戦の主翼構造

Ki44

2式単戦の主翼は2本桁と呼んでよいのか1本桁に分類すべきかよくわからない。後桁は細くて後縁に沿って折れ曲がった複雑な形をしている。二段テーパー翼の採用と併せて、薄い主翼内に翼内機銃を装備するための苦労の跡が見て取れる。また、内翼部と外翼部は翼内機銃収納部外側で分割できる構造だったようだ。2式単戦の翼は波板で下貼りした頑丈なもので850km/hでの急降下に耐えたと言うが、それだけ色々と手のかかった構造であった。

図 4式戦の主翼構造

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4式戦はそれまでの中島製戦闘機の集大成と言うか手なれた設計のもので、大きめの翼弦の主翼にホ-5 20mm機関砲を収め、同時に生産の省力化も図っている。構造は2式単戦と同様の変形2本桁方式で、後桁は翼内砲を避けるため少し折れ曲がっている。
4式戦はシンプルでスッキリしているので好きなのだが、じっくりと主翼構造を見直してみると小骨の使い方やパネル分割処理が案外に雑な感じがした。特に気になったのが翼内燃料タンク部の下面パネルをねじ止めとしている部分だ。これは4式戦だけでなく零戦や1式戦など多くの日本機で見られる構造だが、この部分のパネルは旋回時に翼を折り曲げようとする力(機体重量の6倍以上)に耐える大事な部分なのにこんなもので良いのだろうかと思う(無論締め付けトルクの管理をきちんと行えば良いことなのだが)。

図 3式戦の主翼構造

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川崎の3式戦・5式戦は二本桁構造で主翼の箱型構造が左右つながった一体翼の上に胴体が乗っかる方式だ。この方式には、主翼全体の剛性・強度が確保しやすいことのほか、胴体を前後に移動させて重心調整できると言う利点があり、3式戦2型や5式戦開発の際に役立った。ただ、3/5式戦の主翼はアスペクト比が大きい(細長い)ため前後桁間の間隔が狭く、翼内にホ-5 20mm機関砲を装備することができず、やむを得ず機首上面装備とした。不思議なのはいわゆるマウザー砲(MG-151/20)は翼内に装備していたことだ。ホ-5はブローニングのコピーなので箱型の機関部を持つのに対してMG-151/20の機関部は少しスリムに見えるのでその違いだろうか。
3/5式戦は頑丈なことで知られているが、その翼桁は生産に手間のかかるトラス桁だし翼内砲装備に制約ありと言うことで、大戦後半の時期に大量生産するなら4式戦の方が有利だった。この辺も4式戦が零戦・1式戦に次いで3番目に量産された戦闘機である理由だろう。

<参考文献>
1) “丸メカニック No.9 二式単座戦闘機 鍾馗”、潮書房、1978.3
2) “丸メカニック No.8 四式戦闘機 疾風”、潮書房、1978.1
3) “丸メカニック No.2 三式戦闘機 飛燕”、潮書房、1977.1

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2009年6月14日 (日)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その2、96艦戦、零戦、雷電)

Me109やスピットファイアのような左右別々に主翼を取り付ける方式は日本機では少なくて、翼胴一体式として主翼直後で胴体を分割する方式が多いことはよく知られている。

図 零戦の主翼構造(52型丙)

A6m5

三菱の場合96艦戦と零戦は二本桁方式を採用している。96艦戦の場合は引き込み脚も翼内砲も無いからどこでも自由に桁を通すことができたのに対して、零戦では主脚引き込み部のため主翼付け根・主桁前方では箱型断面構造が途切れ、翼内砲は後端が補助桁にスレスレの位置まで来ている。
平面でみると、機体規模の割に主翼・尾翼ともに大きめで、翼端を切り詰めた主翼はアスペクト比が小さくて寸詰まりに見える。大きな翼なのに、主桁は主脚に対して、後桁は翼内砲に対してそれぞれぎりぎりの位置にあり、外形のクリーンさと裏腹に内部はどことなく窮屈な設計に見える。また、作図をしていて感じたのが、スピットファイアやMe109に比べてやたらにチマチマしていて神経が疲れるということだ。単に小骨やパネル分割が多いと言うことだけではなく、配置に規則性がなくチョコマカと変化する。これは設計者がいい加減な仕事をしたのではなくて、構造の最適化を図った結果だと思うのだが、実際の軍用機は武装強化と補強の繰り返しなのでこう言った神経質な設計はすぐに破たんする。作図した末期の52型丙では主桁前の前縁部に3式13mm機銃を搭載、あちこちにアクセスハッチを設けている。こう言う強引な改造でせっかくの最適設計がボロボロのパッチワークと化しているのが悲惨だ。

図 雷電の主翼構造

J2m3

雷電は外観を見ると単に零戦をデブにしてファストバックにしただけのように見えるが、単桁構造の主翼を採用している点が異なる。単桁構造の利点は翼胴交差部分の空間利用(具体的には胴体内燃料タンクの形状)の自由度が増すこと及び、翼内砲の装備が容易になることだ。大戦後半になり戦闘機の火力増大が強く求められるようになったことが、単桁構造が多くなった理由だと思う。雷電の紡錘形の胴体は空気抵抗低減にあまり役立たず逆に視界悪化と表面積増大が問題となったが、少なくとも翼の構造は手慣れていると思う。特に目立つのが動翼部(尾翼を含む)の小ささで、この時期の三菱の技術者は最小限の面積の舵で優れた機動性を得るやり方を熟知していたらしい。

ところで零戦や96艦戦で主翼が胴体を貫通する部分でも上面に板を貼っているのかについてはどうも明確な資料がない。コンピューターによる有限要素法解析が使えない時代だから翼胴一体で構造設計することは困難であり(B17のような例外はあるが)、箱型断面が左右でつながっている一本の構造体として設計されたと考えるのが自然なのだが。どなたかご存じの方がいたら教えてほしい。

<参考文献>
1) “丸メカニック No.3 零戦 第一集”、潮書房、1977.3
2) “丸メカニック No.4 零戦 第二集”、潮書房、1977.5
3) “丸メカニック No.7 局地戦闘機 雷電”、潮書房、1977.11

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2009年6月11日 (木)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その1、スピットファイア、Me109)

メッサーシュミットMe109は一撃離脱型の高速戦闘機と言うイメージと裏腹に高速(特に500km/h以上)で舵が重くなり運動性能が悪化したと言う。またF型~G型では翼内砲を撤去している。ドイツ機の場合様々な改造・派生機種を開発しているのに、何故この様な基本的な問題が放置されていたのかとずっと疑問に思っていたのだが、「技術ノート:メッサーシュミットMe109-その栄光と挫折を生んだ設計を検証する-」(鳥飼鶴雄、“世界の傑作機No.105 メッサーシュミットBf109(パート1)”、p44-53)を読んで氷解した。それによるとMe109の主翼は主桁が後方(翼弦50%位置)にあることから、強度・剛性ともに不足気味であり、翼内砲(エリコン系のMG/FF)を搭載するためには主桁に大きな貫通孔を開ける必要があった、とのことだ。
それでは他の機種ではどうだろうと興味をもって見てみると、これが結構面白い。限られた空間を有効利用し、強度、剛性、重量、生産性、整備性などをバランスさせるためエンジニアが大変な苦労をした部分であることがわかる。これから数回にわけてWW2の代表的な戦闘機の主翼構造を見ていきたい。ちなみに主脚引き込み機構の詳細や翼内砲に関しては、下記のHPが大変参考になるのでわからないときはそちらを見ていただけると助かる。

<参考HP>
主脚引き込み機構について
http://www5a.biglobe.ne.jp/~t_miyama/landgia.html

航空機銃について
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun1.htm
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun2.htm
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun3.htm

と言うことで先ずはMe109とスピットファイアから見てみよう。
図 Me109の主翼構造(E型)

Me109e

図 スピットファイアの主翼構造(Mk.IX、ユニバーサルウィング、20mm+7.62mm×2)

Spitfire

どちらも頑丈な取り付け金具(ブラケット)を介して胴体に単桁構造の主翼を取り付ける方式だが、主桁と主脚の位置関係が逆でMe109では主桁前方に主脚を引き込むのに対してスピットファイアでは後方に引き込んでいる点が大きく異なる。Me109の主翼はE型以降下面にラジエーターを配置したため付け根では主桁前後どちらにも箱型断面がつくれないうえに主桁がかなり後方にあるから捩じりに弱い。一方スピットファイアの主翼は全域にわたって前縁から主桁までが閉断面構造となり剛性面で有利だ。エルロンを金属張りとしたスピットファイアMk.IXの高速(600km/h以上)での横転率はFw190を上回ったとも言われており、この主翼構造の差が両者の高速での運動性の差、ひいては発展性の差につながったのだ。

Me109の限界は胴体側の大巾な設計変更なしには主翼の剛性向上が出来なかったことにある。主桁を前進させようにもブラケット間にはキャリースルーが通っていたはずだから簡単に位置変更は出来ないし、主脚引き込み機構とも干渉する。Me109は大戦後半の機体としては小型で構造もシンプルだし、戦前から殆ど同じ構造で生産していただけに生産現場も慣れていたはずだ。要するに多少問題はあっても安く、早く、大量にそこそこな性能の機体を供給できる体制が組まれていたわけで、これを崩してまで抜本的な改良を施すことは許されなかったわけだ。大戦末期に登場した、Mk108 30mm機関砲を翼内に搭載したK-4や、ラジエーターを機首に移し主脚を内側引き込み方式に変更したMe209Ⅱがどんな構造だったのか興味深いが、残念ながら殆ど資料がない。

もっともMe109の主桁は普通のIビーム桁なのに対して、スピットファイアの主桁上下のフランジはタケノコのように径の違うパイプを何重にも入れ子にした複雑なものだ。薄くて丈夫な翼を実現するためにはそれなりの代償が必要だったということだろう。

<参考文献>
1) “世界の傑作機No.105 メッサーシュミットBf109(パート1)”、文林堂、2004.5
2) “世界の傑作機No.109 メッサーシュミットBf109(パート2)”、文林堂、2005.3
3) “世界の傑作機No.102 スピットファイア”、文林堂、2003.9
4) “スーパーマリン・スピットファイアのすべて―オーナーズ・ワークショップ・マニュアル”、アルフレッド プライス (著), ポール ブラッカー (著)、大日本絵画、2009.2

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