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2009年7月 3日 (金)

論点整理 ~児童ポルノ規制に関して~

以下、児童ポルノ規制強化に関する私なりの論点整理をする。

1.「考えただけで罪になる」は正しいか?
近代刑法では「考えただけで罪になる」ことはないと学校で習った。具体的に計画を練るとか武器を調達するとかすれば未遂になるし、「殺してやる」などと言えば脅迫になるが、「殺したい」と思うだけでは罪にはならない。このことは単純所持の禁止や架空・創作への規制において問題となる。
そもそも自分の考えを書き留めただけでも犯罪になるのだろうか?例えば画家が子供の全身像を描く過程で服の下の肉体を詳細にデッサンしたらその時点で児童ポルノの製造になるのだろうか?
紙や電子メディアにアイディアを表現・記録することは、人に伝えるためだけでなく自分の考えを形作り確認するためでもある。これらのメディアは人間の頭脳の延長であり、記録と所持の禁止は思考の禁止に近い。故にこれは言論・表現の自由の侵害だけでなく、思想・信条の自由への侵害でもある。

2.客観的な根拠が示されていない
「考えただけ、あるいは考えを記述して保存しただけ」で罪になると言うのは現在の刑法の体系からの大きな逸脱でありこれを押し通すには相当な根拠と緻密な議論が必要だが、これまでのところ客観的な根拠が何も示されていない。「日本は児童ポルノの発信源」「児童の性的被害が増大している」等の言葉は繰り返されているが、例えば「児童ポルノサイト数○○のうち日本は○○%」とか「押収された児童ポルノのうち○○%が日本で撮影されたもの」などの具体的に基づいた説明がなされていない。
さらに「架空・創作を含めた児童ポルノが児童に対する性犯罪を誘発する」とするには大規模な心理学的調査が必要だが、いったい誰がいつ何処でどんな調査を行ったのだろうか。
これらの疑問に対して具体的な根拠を示すことは法案提案者・推進者の義務である。

3.「何が違法になるのか」具体的な情報が示されていない
保坂展人議員が宮沢りえの「Santa Fe」を例に挙げたのは適切だった。
http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/
指摘されて初めて児童ポルノ規制法強化の対象が広範であることに気づいた。15歳~17歳の水着姿もポルノに当たるのか?どんな構図やポーズが「性欲を興奮させ又は刺激するもの」になるのか等々、法律が成立してからではなく現在のこの段階で具体的に示すべきである。

4.不当逮捕・不当捜査の危険性
例えば草薙剛のケースが記憶に新しい。この場合「酒に酔って裸で暴れた」と言う容疑事実を固めるためにどうして家宅捜索が必要だったのか、捜査令状の具体的内容を検証した報道に出会ったことがない。「覚せい剤でも出てくれば見つけもの」と言う見込み捜査だったのだろうか。
おとり捜査や違法画像添付メールを送りつけるなどの危険が指摘されているが、それ以前に「家宅捜索して何か出てくれば警察の勝ち」と言う乱暴な捜査手法を奨励することになるのが恐ろしい。

5.歴史の抹殺
所持禁止は焚書と同じ効果をもつ。簡単な事実だけを文字で記録することは可能でも具体的な写真や動画あるいは詳細な絵などを残すことが許されない場合、歴史を鮮明なイメージとして記憶することは困難になり、人々はわずか数年前のできごとさえ曖昧な形でしか思い出せなくなる。
例えば「Santa Fe」の広告を載せた新聞の縮刷版や当時のスポーツ新聞も処分しなければいと仮定する。そもそもの問題はここ数十年の間、十代なかばの少年少女にかなり際どい服装、踊り、歌詞、演技などをさせてきた芸能界や、かれらを性的興味の対象としてもてはやしてきたマスメディアに起因する。そして卑猥な内容のスポーツ新聞や週刊誌を電車の中で平気で広げるような日本の大衆文化にも原因の一端がある。そんなことがつい最近まで当たり前であったと言う社会の雰囲気、それが突然違法化されると言う異常事態、こう言った激動を鮮明なイメージで具体的に記録することが許されなくなるとしたらそれは歴史の抹殺である。
ベトナム戦争の悲惨さを世界に伝えたピューリッツァー賞受賞写真「戦争の恐怖」(http://blog.goo.ne.jp/goo1234makito/e/de89950933f98dfa87159d1f44b1defc)も児童ポルノになるのだろうか。戦場やテロの映像には裸の児童や子供の遺体が写っていることも多い。それらは戦争・テロ・犯罪の残酷さを示す貴重な証拠である。児童ポルノ規制法は運用次第では検閲の手段となり、戦争や圧政などの負の記憶を抹殺するものとなる。
一度破壊された記録は戻せない。歴史を抹殺したら日本人はもはや自らの歴史に責任を持てなくなる。

6.欲望を無意識下に閉じ込めることはかえって危険ではないのか?
精神分析やカウンセリングでは無意識化の願望や恐怖を自分で表現して理解することが治療の前段階だと聞いている。小児性愛の傾向をもつ人が自らの特異な嗜好を具体的に理解せず欲求を抑圧して生きていくことは危険ではないのか。自分の欲求を誰かに知ってもらいそれが過ちであれば制止してもらう機会を奪うことにならないか。小児性愛者もまた生きる権利や、適切な診断と治療を受ける権利を持っている。彼らを地下に潜らせてはならない。
小児性愛や弱者への虐待は支配欲や征服欲に近いものである。心の中にそのような邪悪だが強力な駆動力を抱えた人物は、時として優れたリーダーシップを発揮したり先駆者になったりすることもあるが、一方で同僚・部下・家族・友人にとっては危険で厄介な猛獣のような存在にもなると言う。彼らへの診断と治療は、同時にDVや職場・学校におけるパワーハラスメント等の一見無関係な犯罪の防止にも役立つ。

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