軍事

2010年2月 7日 (日)

JSF-35は何故混迷したのか?

JSF(Joint Strike Fighter)-35プロジェクトはかなり深刻な状態だと言うことだ。
やれ推力不足であるとか、オバマ政権がエンジン改良予算をカットしたとか、と騒がしい。
ハイ・ロー・ミックス構想でF-15の補助として開発されたF-16の成功を知る眼には今回のF-35の陥った窮状は意外だったのだが、なぜそうなったのだろうか?
以下の三つの視点から分析してみたい。

(1) プロジェクト開始時のリスク管理
(2) プロジェクト進行時のリスク管理
(3) マルチロールファイターの限界

(1) プロジェクト開始時のリスク管理
「未完成の新型エンジンをあてにして機体開発をするな」と言う警句が有る。日本の誉、アブロマンチェスターのヴァルチャーX、He177のDB606などが有名だ。現代の軍用機であれば機体・エンジン・ウェポンシステムの3つのうち少なくとも1つかできれば2つまで確立した技術を用いたいところだ。
また、新規技術領域の研究開発と実施調達を一気にやってしまうのはリスクが非常に高い。F-16とF/A-18を産んだLWF計画は「調達を前提にしない」と言う珍しいものであったが、空海両軍は機能を削ぎ落としたプロトタイプ軽戦闘機をよく吟味して、それぞれの要求性能を付加した機体を開発することができた。この例に倣った結果かどうか知らないが、最近ではタイフーンやラファールのように「先に実証機ありき」の考え方でデモンストレーターが製作されるケースが多く、少なくとも計画途上なのに生産ラインを組んでしまうようなことは無くなった。
これらの例と比べると、F-35に対して米空軍・海軍・海兵隊(および英国海軍)が求める性能はかなり異なる上に、採用予定のF-135エンジンはベースとなるF-119よりさらに高推力である、と言うリスクの高いものであったにも関わらず、デモンストレーターの飛行前から各軍の開発計画を一本化してしまった。

(2) プロジェクト進行時のリスク管理
逆説的に聞こえるだろうが、開発リスク管理の手段としては国際共同開発が良いと思う。参加各国の要求仕様を受け入れたため重量過大となったと言われているが、実は少し違うのではないかと筆者は思っている。
Wikipediaによるとイギリス以外の各国の参加はSDD(System Development and Demonstration; システム開発実証)段階以降であると言うことだ。しかし、デモンストレーターが飛行している段階ならば機器・兵器・燃料の追加積載に伴う性能低下は正確に予測できるはずで、各国の要求に対してもトレードオフと限界を示して説得することができたはずだ。したがってこうなったのは、きちんとした説明をせず甘い予測を示して参加国を増やそうとした結果ではないのか。
むしろ、参加国の脱落や不協和音によってプロジェクトの問題発生を各国の納税者がいち早く知ることができると言うのは国際共同開発の利点だと思う。

(3) マルチロールファイターの限界
マルチロールファイターの起源は第二次世界大戦後期の戦闘爆撃機あたりから始まると言われているが、特に第四世代以降の戦闘機は膨大な余剰推力・余剰揚力と強度をもつことと電子機器が高度化・小型化したことが組み合わさって高度な攻撃・偵察任務を兼務できるようになった。しかしこのことは一方で、余剰推力と余剰揚力を損ねるような要求やこれらの優位性だけでは解決できない任務をマルチロールファイターに求めるなら、何かを犠牲にするか新たな技術革新が必要になると言うことでもある。
具体的に言うと以下のものが挙げられる。

・小型空母や高速道路への離発着などによるサイズ・重量の制限(ラファール、グリペン)
・艦上機や近接支援機に求められる低速度性能(F/A-18、A-10など)
・超音速時の造波抵抗を増やす過剰な胴体内容積(ステルス機のウェポンベイ)
・大迎角時のエンジン性能や失速特性を損なうような特殊な形状(A-10、F-117など)
・近接支援において必要となる迅速な弾薬搭載や整備補修を困難にするようなデリケートなメカニズムや材料(F-22の電波吸収材料やハッチ類)

F-22、ラファール、グリペン、F/A-18は無論立派なマルチロール機だが、いずれも他国・他軍との共同開発が困難な独自開発の機体であることを思い出してもらいたい。

F-35の開発目標はF-16、F/A-18、A-10、AV-8の4機種を代替し、さらにステルス性を付与することだが、これにはかなり無理がある。
まずF-16とF/A-18だが、この2機で最も違うのは臨界マッハ数の選択だろう。F-16の主翼は45度の前縁後退角をもつクリップドデルタ翼を採用している。これは低速での旋回性能と遷音速~超音速域での加速性能のバランス点を求めてシミュレーションを繰り返した結果である。一方、F/A-18は27度と浅い前縁後退角を持つ大きな主翼とストレーキの組み合わせにより低速大迎角で優れた失速特性をもち空母離着艦やドッグファイトにおいて優れているが、同時に試作機からスーパーホーネット登場に至るまで常に超音速域での加速性能不足に悩まされてきた。
もっと極端な例として、ミラージュ2000は58度の前縁後退角を持つ純デルタと単純な構造の一軸ターボファンエンジンSNECMA-M53の組み合わせながら優れたエネルギー性能によりF-16に負けない空戦能力を持つと言われている。
この様に、余裕の少ない軽戦闘機にとって臨界マッハ数の選定は特に重要な意味を持つが、ステルス性能や空母離着艦性能の要求はしばしば設計の自由度を奪う原因になりマルチロール機の共同開発においては厄介な要素と言える。

近接支援任務とステルス性能も矛盾するものである。イラク戦争におけるA-10は低速ゆえにF-16以上の正確な地上攻撃を可能としたし、海兵隊の使うAV-8は重火器や戦闘車両の不足する海兵隊の強襲揚陸作戦において「空飛ぶ砲兵」として地上部隊を支援するものである。いずれの任務でも急造りの前線飛行場から大量の弾薬を抱えて離陸し、敵味方の混在する流動的な最前線で目標を識別して正確に攻撃する能力が求められる。また、繰り返し攻撃を行うことが多いため、前線基地で迅速に補修整備や弾薬補給ができるターンアラウンド性能も求められる。
こう言ったケースでは胴体内のウェポンベイは無用の長物だし、デリケートな扱いを必要とする電波吸収コーティングやハッチ類も手間を増やすだけの代物である。A-10のエンジン配置はIRステルスの一種であるし、チャフ・フレアの大量携行・自動射出や、バイタルエリアへの重装甲、重要システムの多重化など、F-22の高度な対電波ステルスとは異なる攻撃機なりの身の守り方が有る。

筆者は単なる軍オタであり航空技術の専門家ではないから以下の分析は単なる素人の推測ではあるが、F-35が陥った問題は単なる重量過大ではなくて太い胴体と低い臨界マッハ数に起因する超音速域での抵抗過大なのではないだろうかと考えている。
非ステルス機であれば追加の燃料弾薬装備はパイロン懸架かコンフォーマルパレットとすれば良いのであり、「素の状態ではこれだけ素晴らしい性能を持っています。お客様の要求仕様を満たそうとすればこれだけの性能低下となりますが、将来のエンジンの改良が実現すればその問題も解消いたします」と説明できるが、ステルス機の場合は始めの設計段階から多量の燃料弾薬を機体内に搭載することを前提として太い胴体としなければならないから、搭載量も航続距離も少なくて済む顧客にも太くて重い機体を売りつけることになる。F-22の場合、双発であるからエンジン間の空間および屈曲するインテークダクト間の空間をウェポンベイにすれば胴体断面積の増大は防げるが、単発のF-35の場合そうはいかずエンジンの左右にウェポンベイを置くことになる。
さらに、F-35の主翼は後退角が小さい。ステルス性を考慮すると主翼のみの後退角変更は好ましくないから、これは恐らく海軍型を前提にして機体全体が低い臨界マッハ数を前提に設計されていると言うことなのだろう。臨界マッハ数が低いと言うことは音の壁が比較的遅い速度にあるのでそれを越えてしまえば造波抵抗は小さくなるのだが、F-135単発のF-35の場合はミリタリーで推力不足、A/Bで燃料消費過大と言うことで行き詰っているのではないだろうか。

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2009年8月29日 (土)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その7、彩雲)

ここまで単発戦闘機の翼ばかりを見てきた。単発戦闘機の主翼は引き込み脚と翼内砲を収めるため、主桁を屈曲させたり開口部によって分断された箱型断面構造を上手くつないだりと様々な工夫がみられるからだ。また燃料タンクの配置も工夫が見られる部分であり、被弾しやすい翼内タンクをあえて採用するか、胴体内重心付近にタンクを設置するためにコックピット・エンジン補機類・胴体内機関銃とのスペースの奪い合いを上手く調整するかも設計者の腕の見せ所だ。これに比べれば双発機や偵察機は主翼の設計の自由度が大きくてあまり面白くないから取り上げなかったわけだ。そんな中で偵察機である彩雲を取り上げる理由は、これがそれまでの4式戦、雷電、紫電改など日本軍単発戦闘機の経験(反省?)を反映した新しい世代の機体に思われるからだ。

図 彩雲の主翼構造

C6n1

彩雲の特徴は厚板構造と大直径プロペラの採用だ(この辺は陸軍のKi-83も同様)。その主翼は2本桁構造であるが、主脚は主桁後方に引き込む。この理由は彩雲が(内翼部に)層流翼を採用しているため、主翼最大厚位置より前方をできる限り平滑に仕上げたかったためだと言う。主脚を主桁後方に引き込むことで主桁前方が付け根から翼端までD型の閉断面構造となっている。この辺はスピットファイアやタイフーン・テンペスト等のイギリス機と少し似ている。

疑問なのは翼付け根の補強方法だ。前縁の閉断面構造は胴体中心線から600mmの位置で途切れているが、主脚引き込み部は326mm位置まで開口しており、前縁が受け止めた捩じり荷重を前後の桁からなる主構造に伝達するためにはこの断面材一枚分300mm程の幅を補強してやらなければならない。例えばスピットファイアの場合は一番内側の断面材が前縁から後桁取り付け金具まで捩じり荷重を伝達するのだが、彩雲ではこの部分が今一つはっきりしない。

彩雲の主翼はインテグラルタンク化されており厚板構造の分小骨(主に縦通材)を減らしているなど強い構造とは言えないため、このまま戦闘機化できるものではない。しかしもしも次世代の日本製プロペラ戦闘機が開発されていたならば、彩雲の主翼構造はかなり影響を与えていたのではないかと思う。

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2009年8月 9日 (日)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その6、ハリケーン、タイフーン、テンペスト)

「ホーカー・ハリケーンは英国製戦闘機で初めて低翼単葉・引き込み脚・密閉風防を採用したが鋼管帆布張りの旧態依然とした構造で・・・」と言うのはよく言われることだが、翼は全金属製だ。もっとも、内翼部は応力外皮式のモノコックではなくフレーム構造で、外板は単なるカバーのようだが、少なくとも外翼部は応力外皮式の金属モノコックらしい。

図 ハリケーンの主翼構造

Hawker_haricane

これまで見てきたように、モノコック構造の主翼といえども翼胴交差部では引き込み脚や胴体内タンクのために箱型構造が切れてしまい実質的にフレームで支えている例が多い。また、主脚付け根には着地時に集中荷重がドンと加わるから薄板で作ったモノコック構造といっても部分補強が必要になる。これらのことを考えると、内翼部をフレーム構造としたことは案外合理的だ。また、2本桁構造にもかかわらず主脚は前後の桁の間に引き込む方式だが、これも内翼部が桁間に箱型構造を持つ必要がないフレーム構造であれば合理的な方式だ。
外翼部と内翼部を取り付け金具で接合する3分割構造になっており、胴体フレームが内翼部フレーム上に乗っかるかたちになっている。

図 タイフーンの主翼構造

Hawker_tyhoon

次のタイフーンは全金属製となったが、ハリケーンの影響は残っている。胴体中央部(コックピット部)は鋼管トラスフレームだし、内翼部はフレーム構造に近いようだ(透視図を見ると外翼部の主桁はIビームだが内翼部はトラス梁らしい)。主翼は2本桁構造だが、主脚引き込み部の後方の一部だけ中間桁が加えられている。翼内砲を中間桁と後桁の間に装備しているが、大きなヒスパノスイザ20mm砲がこんなに後ろの位置でも上手く収まるのは機体が大きい上に厚翼のためだろう。主翼は左右分離式で胴体フレームに金具を介して取り付けられている。前桁はエンジンと干渉するのだがキャリースルーがどうなっているのかは不明だ。

図 テンペストの主翼構造

Hawker_tempest

テンペストはタイフーンを薄翼に改めた機体だが、主桁の配置は異なり後桁が大きく前に屈曲して翼内砲機関部の前を通っている。薄翼化にもかかわらず翼内砲が後桁の後方に収まったのは、楕円翼の採用に加えて砲自体も初速を落として機関部を少し小型化したことによるらしい(参考URL:http://www.warbirds.jp/truth/s_gun2.htm)。

1) “世界の傑作機No. 28  ホーカー ハリケーン”、文林堂、2002.1
2) “世界の傑作機No. 70  ホーカー タイフーン/テンペスト”、文林堂、1976.2

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2009年8月 2日 (日)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その5、P51、Fw190)

この2機は大戦後半のヨーロッパ戦線の空の主役であり、高性能と生産性を両立させている点でも共通している。

図 P51Dの主翼構造

P51

P51の主翼は二本桁構造で、主翼の上に胴体が乗っかる3式戦に似た方式だ。後桁は後縁付近まで後退しており、中央部付近の厚みが大きい層流翼と併せて翼内空間を確保している。しかし、内側翼内銃を後桁ぎりぎりまで後退させても給弾ベルトが曲げられており結構ゆとりが無い。これは層流翼の最大厚位置に主桁を置こうとして後退させた結果ではないかと思う。

P51ADについてよく言われることとして「左右分割翼で重い割に強度が不足していた」と言うのがあるが、これは本当だろうか?P51の主翼は分割翼とはいえMe109やスピットファイアのような主桁をブラケットで取り付けるものではなく、左右のボックス構造が中央まで伸びて直接接合している。主翼下面中央にミミズ腫れのような突起が一本でているのがそれらしい。同様な形状はおなじノースアメリカン社のAT-6練習機でも見られる(所沢航空博物館にて撮影)。詳細は分からないが多数のボルトを使って固定しているらしい。これならそんなに弱くはないような気がする。一見すると翼胴一体構造に見える日本機でも実際は主桁は何箇所かリベットでつないでいるケースが多いので「分割構造だから弱い(重い)」と決めつけるのは正しくないと思う。

図 AT-6の主翼接合部

At6

AT-6P51と比べるといかにも垢抜けないが、主翼ジョイント以外にも主脚引き込み部の処理とか垂直尾翼の形状とか何となく似ている。ノースアメリカン社にとってP51は初めての戦闘機だったが単発機の構造についてはAT-6の設計で既に十分な経験を積んでいたことがよくわかる。

図 Fw190Aの主翼構造

Fw190a

Fw190の主翼は単桁構造で、箱型構造は胴体接合部(正確には内翼部MG151/20の整備ハッチがあるので断面材2個分外側)で途切れている。左右の主翼を結ぶのは頑丈そうなIビームの主桁一本で、主桁後方胴体内部は燃料タンクのスペースとなっている。

この主桁は主脚に沿うように大きく折れ曲がっており、主翼付け根では最大翼厚部付近に位置しているが、外側に行くにつれて前縁に近くなり外翼部では前縁から後縁まで邪魔もののない広い空間があいている。Fw190の主翼外板は、縦通材をリベット固定したモナカの皮のような上下面外皮を別々に製作し、あとから貼り合わせる独特な構造だ。断面材も上下別々のフローティング・リブが多用されており、固定リブは翼付け根と主脚付け根・翼内砲左右の5枚だけだ。また、意外に外板に開口部が少ない点も目につき、外翼部翼内砲がMG/FFからMG151/20になっても弾倉を90度曲げることで開口部(下面)を極力小さく保っている。どうやら外翼部の箱型構造は本当に外皮だけでもたせる構造だったようだ。

桁材の強度を大きくするためには桁の背を高くする必要があり、主桁を最大翼厚位置に置くのが有利だ。このため通常は主翼翼弦の約1/3の位置に横一文字に主桁を通す(P51は層流翼なのでもう少し後)。しかし主桁前方に主脚を引き込む場合、内翼部の箱型断面構造は主桁から後ろのみとなり剛性中心は後退する。さらにその外側では翼内砲扉によって箱型断面構造が分断されるため、前縁の閉断面構造に荷重を受け渡したり部分的に補強したりする必要がある。Fw190の主桁は主脚に沿って折れ曲がり外翼部では桁背で不利な前縁に追いやられているが、主翼全体でみれば主桁一本で支える翼付け根部から補強入りの外皮で支える翼端部へと連続的に変化しており、同時に剛性中心の後退も防ぐと言う極めて独創的な構造になっている。

<参考文献>

1) “世界の傑作機No. 79  P-51ムスタング、D型以降”、文林堂、1999.11

2) “世界の傑作機 NO. 78 フォッケウルフFw190”、文林堂 1999.09

3) “丸メカニック No.10 ノースアメリカンP51Dムスタング”、潮書房、1978.5

4) “丸メカニック No.26 フォッケ・ウルフFw190A,F,G”、潮書房、1981.1

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2009年7月25日 (土)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その4、F4F、F4U、F6F)

F4FとF4Uは単桁構造で、外翼部はいずれも前縁・主桁間を閉断面としている。翼内にブローニングM2をずらっと並べていることと、内翼と外翼が翼折りたたみジョイントでつながっている構造からみてこの構造は当然だろう。大きく異なるのは内翼部(主脚引き込み部~翼胴交差部)の構造だ。

図 F4F-4の主翼構造と胴体断面

F4f

F4Fの主桁はまっすぐ通すとパイロットの足のあたりに干渉するため、大きく前方に曲げられて防火壁のあたりを貫通している。燃料タンクはパイロットの真下、ビヤダル型の胴体の下半分を占めている。主脚は胴体内引き込み方式のため、主翼の設計の自由度は高い。面白い事にF4Fの主桁とF6Fの前桁はどちらも後ろに傾いている。斜めになった主桁をさらに斜めに切ってヒンジをつけると、ちょうど後ろ斜め方向に主翼をひねって折りたたむことができる(図参照)。しかし折りたたみ機構だけのためならばヒンジだけ傾斜させれば良いことだ。主翼に加わる力は上向きの揚力と後ろ向きの抗力だから合成すれば斜め後ろ上方となるからこれで良いと考えたのかもしれない。

図 F4U-1Aの主翼構造

F4u

F4Uの内翼部は複雑でかなり無理をしている。主脚引き込み部の下面は主脚付け根のある前縁付近からフラップ付け根まで大きく切り開かれており、この部分は箱型断面ではなくフレームで支える構造になっている。おまけに主脚支柱を避けるために主桁下側をかなり切り欠いておりなんとも危なっかしい。その内側は前縁がキャブレター・インタークーラー・オイルクーラーのインテークを配置したダクトになっているので主桁からフラップ付け根までが箱型断面となる。F4Uのこの辺の主翼構造は写真で見てもかなり大袈裟なものでいかにも重そうだ。その一方で(F4F-1の場合)外翼部の主桁より後方は木材と帆布を組み合わせてチマチマと重量低減を図っているあたりがなんだかチグハグだ。

図 F6Fの主翼構造

F6f

F6Fは二本桁構造で、翼内タンクは桁間に、胴体内燃料タンクは後桁後方パイロットの真下に置く。燃費の悪そうなR-2800エンジンにも関わらず十分な航続距離を稼げたのは、上下にタッパのある胴体を有効活用した成果だろう。
F6Fの主脚も後方引き込み方式なので主翼下面は前から後までザックリと切り開かれる。しかしF4Uに比べるとタイアを後桁後方に置いているために開口部の幅は小さく、2本桁間の箱型断面構造をある程度残している。主脚引き込み部から主翼折りたたみ部までの構造がどうなっているのかは資料が十分でなくはっきりしないが、おそらく2本の桁で支えているのだろう。
この図では縦通材を書き込んでいないのでわかりにくいが、胴体も含めたF6Fの構造は障子の桟のように縦横の小骨を密に配置して、被弾しても崩壊しにくい機体構造を実現している。胴体後半部に凸リベットを用いていることは有名だが、これも一見大雑把なように見えて緻密な判断があると思う。つまり、枕頭鋲のために手間のかかる工作を行うよりは、小骨を密に配置し十分な数のリベットを打つことで撃たれ強い機体としたのだろう。

<参考文献>
1) “エアロ・ディテール グラマンF4Fワイルドキャット”、大日本絵画、1998.10
2) “エアロ・ディテール ヴォートF4Uコルセア”、大日本絵画、1999.08
3) “世界の傑作機No.115 グラマンF4F/F6F”、文林堂、1979.11

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2009年6月18日 (木)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その3、1式戦、2式単戦、4式戦、そして3/5式戦、)

中島の戦闘機は97戦、1式戦の3本桁方式から、2式単戦の2本桁方式(変形)を経て、4式戦へと発展した。

図 1式戦の主翼構造

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最近アメリカで1式戦のレストア(レプリカだったかな?)をやった人に言わせると“1式戦の主翼は薄板を組み合わせた構造で主桁が無い”だそうだが、まぁこれは言いすぎで一応3本の桁が通っている。また、零戦や3式戦の主桁はトラス桁だが1式戦の主桁はIビームなので、桁が多いとはいえ上手く省力化している。左右の箱型構造(内部は燃料タンク)が胴体中央部でつながったシンプルな構造だが、二番桁と干渉するので翼内砲を装備できず大戦後半には火力不足に苦しんだことは有名だ。もっとも、わずか1000馬力のエンジンに対して際限無い重武装を求められた零戦の轍を踏まずに済んだことはかえって幸運だったのかもしれないが。
中島機の特徴である直線前縁のため主桁には前進角がついているが、この結果主桁が主脚引き込み部を避ける形になっている。ただ、この主脚は他の機体よりも車輪が一回り小さく、あまり高速で滑走するようには出来ていなかったようだ。古い世代の低速・低翼面荷重の機体だったことがわかる。

図 2式単戦の主翼構造

Ki44

2式単戦の主翼は2本桁と呼んでよいのか1本桁に分類すべきかよくわからない。後桁は細くて後縁に沿って折れ曲がった複雑な形をしている。二段テーパー翼の採用と併せて、薄い主翼内に翼内機銃を装備するための苦労の跡が見て取れる。また、内翼部と外翼部は翼内機銃収納部外側で分割できる構造だったようだ。2式単戦の翼は波板で下貼りした頑丈なもので850km/hでの急降下に耐えたと言うが、それだけ色々と手のかかった構造であった。

図 4式戦の主翼構造

Ki84

4式戦はそれまでの中島製戦闘機の集大成と言うか手なれた設計のもので、大きめの翼弦の主翼にホ-5 20mm機関砲を収め、同時に生産の省力化も図っている。構造は2式単戦と同様の変形2本桁方式で、後桁は翼内砲を避けるため少し折れ曲がっている。
4式戦はシンプルでスッキリしているので好きなのだが、じっくりと主翼構造を見直してみると小骨の使い方やパネル分割処理が案外に雑な感じがした。特に気になったのが翼内燃料タンク部の下面パネルをねじ止めとしている部分だ。これは4式戦だけでなく零戦や1式戦など多くの日本機で見られる構造だが、この部分のパネルは旋回時に翼を折り曲げようとする力(機体重量の6倍以上)に耐える大事な部分なのにこんなもので良いのだろうかと思う(無論締め付けトルクの管理をきちんと行えば良いことなのだが)。

図 3式戦の主翼構造

Ki61

川崎の3式戦・5式戦は二本桁構造で主翼の箱型構造が左右つながった一体翼の上に胴体が乗っかる方式だ。この方式には、主翼全体の剛性・強度が確保しやすいことのほか、胴体を前後に移動させて重心調整できると言う利点があり、3式戦2型や5式戦開発の際に役立った。ただ、3/5式戦の主翼はアスペクト比が大きい(細長い)ため前後桁間の間隔が狭く、翼内にホ-5 20mm機関砲を装備することができず、やむを得ず機首上面装備とした。不思議なのはいわゆるマウザー砲(MG-151/20)は翼内に装備していたことだ。ホ-5はブローニングのコピーなので箱型の機関部を持つのに対してMG-151/20の機関部は少しスリムに見えるのでその違いだろうか。
3/5式戦は頑丈なことで知られているが、その翼桁は生産に手間のかかるトラス桁だし翼内砲装備に制約ありと言うことで、大戦後半の時期に大量生産するなら4式戦の方が有利だった。この辺も4式戦が零戦・1式戦に次いで3番目に量産された戦闘機である理由だろう。

<参考文献>
1) “丸メカニック No.9 二式単座戦闘機 鍾馗”、潮書房、1978.3
2) “丸メカニック No.8 四式戦闘機 疾風”、潮書房、1978.1
3) “丸メカニック No.2 三式戦闘機 飛燕”、潮書房、1977.1

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2009年6月14日 (日)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その2、96艦戦、零戦、雷電)

Me109やスピットファイアのような左右別々に主翼を取り付ける方式は日本機では少なくて、翼胴一体式として主翼直後で胴体を分割する方式が多いことはよく知られている。

図 零戦の主翼構造(52型丙)

A6m5

三菱の場合96艦戦と零戦は二本桁方式を採用している。96艦戦の場合は引き込み脚も翼内砲も無いからどこでも自由に桁を通すことができたのに対して、零戦では主脚引き込み部のため主翼付け根・主桁前方では箱型断面構造が途切れ、翼内砲は後端が補助桁にスレスレの位置まで来ている。
平面でみると、機体規模の割に主翼・尾翼ともに大きめで、翼端を切り詰めた主翼はアスペクト比が小さくて寸詰まりに見える。大きな翼なのに、主桁は主脚に対して、後桁は翼内砲に対してそれぞれぎりぎりの位置にあり、外形のクリーンさと裏腹に内部はどことなく窮屈な設計に見える。また、作図をしていて感じたのが、スピットファイアやMe109に比べてやたらにチマチマしていて神経が疲れるということだ。単に小骨やパネル分割が多いと言うことだけではなく、配置に規則性がなくチョコマカと変化する。これは設計者がいい加減な仕事をしたのではなくて、構造の最適化を図った結果だと思うのだが、実際の軍用機は武装強化と補強の繰り返しなのでこう言った神経質な設計はすぐに破たんする。作図した末期の52型丙では主桁前の前縁部に3式13mm機銃を搭載、あちこちにアクセスハッチを設けている。こう言う強引な改造でせっかくの最適設計がボロボロのパッチワークと化しているのが悲惨だ。

図 雷電の主翼構造

J2m3

雷電は外観を見ると単に零戦をデブにしてファストバックにしただけのように見えるが、単桁構造の主翼を採用している点が異なる。単桁構造の利点は翼胴交差部分の空間利用(具体的には胴体内燃料タンクの形状)の自由度が増すこと及び、翼内砲の装備が容易になることだ。大戦後半になり戦闘機の火力増大が強く求められるようになったことが、単桁構造が多くなった理由だと思う。雷電の紡錘形の胴体は空気抵抗低減にあまり役立たず逆に視界悪化と表面積増大が問題となったが、少なくとも翼の構造は手慣れていると思う。特に目立つのが動翼部(尾翼を含む)の小ささで、この時期の三菱の技術者は最小限の面積の舵で優れた機動性を得るやり方を熟知していたらしい。

ところで零戦や96艦戦で主翼が胴体を貫通する部分でも上面に板を貼っているのかについてはどうも明確な資料がない。コンピューターによる有限要素法解析が使えない時代だから翼胴一体で構造設計することは困難であり(B17のような例外はあるが)、箱型断面が左右でつながっている一本の構造体として設計されたと考えるのが自然なのだが。どなたかご存じの方がいたら教えてほしい。

<参考文献>
1) “丸メカニック No.3 零戦 第一集”、潮書房、1977.3
2) “丸メカニック No.4 零戦 第二集”、潮書房、1977.5
3) “丸メカニック No.7 局地戦闘機 雷電”、潮書房、1977.11

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2009年6月11日 (木)

WW2大戦機の主翼構造の考察(その1、スピットファイア、Me109)

メッサーシュミットMe109は一撃離脱型の高速戦闘機と言うイメージと裏腹に高速(特に500km/h以上)で舵が重くなり運動性能が悪化したと言う。またF型~G型では翼内砲を撤去している。ドイツ機の場合様々な改造・派生機種を開発しているのに、何故この様な基本的な問題が放置されていたのかとずっと疑問に思っていたのだが、「技術ノート:メッサーシュミットMe109-その栄光と挫折を生んだ設計を検証する-」(鳥飼鶴雄、“世界の傑作機No.105 メッサーシュミットBf109(パート1)”、p44-53)を読んで氷解した。それによるとMe109の主翼は主桁が後方(翼弦50%位置)にあることから、強度・剛性ともに不足気味であり、翼内砲(エリコン系のMG/FF)を搭載するためには主桁に大きな貫通孔を開ける必要があった、とのことだ。
それでは他の機種ではどうだろうと興味をもって見てみると、これが結構面白い。限られた空間を有効利用し、強度、剛性、重量、生産性、整備性などをバランスさせるためエンジニアが大変な苦労をした部分であることがわかる。これから数回にわけてWW2の代表的な戦闘機の主翼構造を見ていきたい。ちなみに主脚引き込み機構の詳細や翼内砲に関しては、下記のHPが大変参考になるのでわからないときはそちらを見ていただけると助かる。

<参考HP>
主脚引き込み機構について
http://www5a.biglobe.ne.jp/~t_miyama/landgia.html

航空機銃について
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun1.htm
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun2.htm
http://www.warbirds.jp/truth/s_gun3.htm

と言うことで先ずはMe109とスピットファイアから見てみよう。
図 Me109の主翼構造(E型)

Me109e

図 スピットファイアの主翼構造(Mk.IX、ユニバーサルウィング、20mm+7.62mm×2)

Spitfire

どちらも頑丈な取り付け金具(ブラケット)を介して胴体に単桁構造の主翼を取り付ける方式だが、主桁と主脚の位置関係が逆でMe109では主桁前方に主脚を引き込むのに対してスピットファイアでは後方に引き込んでいる点が大きく異なる。Me109の主翼はE型以降下面にラジエーターを配置したため付け根では主桁前後どちらにも箱型断面がつくれないうえに主桁がかなり後方にあるから捩じりに弱い。一方スピットファイアの主翼は全域にわたって前縁から主桁までが閉断面構造となり剛性面で有利だ。エルロンを金属張りとしたスピットファイアMk.IXの高速(600km/h以上)での横転率はFw190を上回ったとも言われており、この主翼構造の差が両者の高速での運動性の差、ひいては発展性の差につながったのだ。

Me109の限界は胴体側の大巾な設計変更なしには主翼の剛性向上が出来なかったことにある。主桁を前進させようにもブラケット間にはキャリースルーが通っていたはずだから簡単に位置変更は出来ないし、主脚引き込み機構とも干渉する。Me109は大戦後半の機体としては小型で構造もシンプルだし、戦前から殆ど同じ構造で生産していただけに生産現場も慣れていたはずだ。要するに多少問題はあっても安く、早く、大量にそこそこな性能の機体を供給できる体制が組まれていたわけで、これを崩してまで抜本的な改良を施すことは許されなかったわけだ。大戦末期に登場した、Mk108 30mm機関砲を翼内に搭載したK-4や、ラジエーターを機首に移し主脚を内側引き込み方式に変更したMe209Ⅱがどんな構造だったのか興味深いが、残念ながら殆ど資料がない。

もっともMe109の主桁は普通のIビーム桁なのに対して、スピットファイアの主桁上下のフランジはタケノコのように径の違うパイプを何重にも入れ子にした複雑なものだ。薄くて丈夫な翼を実現するためにはそれなりの代償が必要だったということだろう。

<参考文献>
1) “世界の傑作機No.105 メッサーシュミットBf109(パート1)”、文林堂、2004.5
2) “世界の傑作機No.109 メッサーシュミットBf109(パート2)”、文林堂、2005.3
3) “世界の傑作機No.102 スピットファイア”、文林堂、2003.9
4) “スーパーマリン・スピットファイアのすべて―オーナーズ・ワークショップ・マニュアル”、アルフレッド プライス (著), ポール ブラッカー (著)、大日本絵画、2009.2

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2009年4月 9日 (木)

F4Uコルセアの着艦問題に関する考察(その5、F4Uの特徴と問題点 結論)

 ここまで、F4Uが着陸寸前の状態で不安定となる原因として考えられるものを列挙してみた。もう一度まとめてみよう。
<症状>
 ① 従来の着艦アプローチでは発着甲板(特に誘導員)が見えない。
 ② 迎角が11.5°を超えると不安定になり、機体が左に傾く。着地と同時に機首が横に振れる(左右は不明)
 ③ 着地時にバウンシングを起こす。
<対処法>
 ① 従来よりも迎角を小さく保ち、緩やかなグライドパスで着艦アプローチを行う。
 ② 右翼に楔形スポイラーを追加。
 ③ 3点角を13.5°から11.5°に減少する。
 ④ 主脚オレオをソフトなものに変更。
<原因として考えられる項目>
 ①  逆ガル翼の折れ曲がり部の失速。(原因は谷型になった上面の負圧部か横滑り時の逆キャンバー効果かいずれか)
 ②  主翼付け根の気流剥離による昇降舵の振動、もしくは縦安定性低下。
 ③  プロペラ後流による左ヨー傾向(失速直前の迎角で急激に変化する)。
 ④  プロペラ後流による左内翼部の対気迎角増大と失速。
 ⑤  大迎角時に垂直尾翼が胴体の陰に入ることによる方向安定性の低下
 ⑥  ラダーロック

 残念ながら筆者にはこれらのうちの何れが真の原因であったのかを特定することはできない。①と④についてはこれまでも雑誌記事等で言及されている(ただし①については失速が何故起こるのか、具体的な説明したものは見たことがない)。②、⑤および⑥については具体的な証拠や既存文献での言及はなく、あくまで仮説である。③は尾輪式降着装置をもつ単発機の特性としては当たり前のことなのだが、F4Uの独特の形状と強力なエンジン故に深刻なものになったものと予想できる。
 いずれにせよ、F4Uの着艦困難は単一の原因によって引き起こされたのではなく、着艦寸前の迎角で複数の問題が同時に発生して着艦操作を困難にしていたと考える方が良さそうだ。横滑りも急な引き起こしも厳禁と言う制約の中で機体をだましながらアプローチパスに載せ、そろそろと母艦甲板に近づいたのは良いが、タッチダウンに備えて操縦桿を引いて行くと機体が右に左にと暴れ始め、復元しようとするとさらにおかしな挙動を始める。ようやっとタッチダウンに持ち込むと、今度はボヨーンとはねて機首が上がりバリヤーを飛び越えそうになる。こんな感じの複合的な症状だったのではないだろうか。
 重要なのは①~⑥のいずれについてもヨー、ピッチ、ロールの三軸の動きが相互に影響しあうことで起こる現象であると言う点だ。飛行とは立体的な現象であり、特に着陸や空中戦の場合は大きな迎角をとったり横滑りしたりしながら飛ぶものだが、三面図や風洞模型のイメージしか頭にないとそれを見過ごしてしまいがちである。F4U、強風、雷電などのデザインは機体が気流に正対してまっすぐ飛ぶことを前提にした机上の理論を基に発想されたように感じる。これに対してF6Fなどは、機首が大きく下を向き操縦席は盛り上がったように突出し尾部は垂れ下がったような形で、機体の水平線がどこにあるやらわからない。しかしこうすることで複雑な機動中も常に気流を捉えて機体を安定させ、同時にターゲットを視界内におさめることが可能になった。実戦的な機体と言うのはこう言うものだと思う。
 F4Uが高性能機であることは否定できないし、使い物にならないような欠陥機だったとも思わない。少なくとも細長い機体に強力なエンジンを搭載し、180~200kg/m^2程度の翼面荷重を選択したところまでは間違っていない。しかし、極端な逆ガル翼を採用したこと、燃料タンクやコックピットの配置などは失敗であったし、尾翼配置や動翼の形状にも問題があったと思う。それを解決したのは強力なエンジン等のアメリカの工業力と運用法等の改良を行った海軍・海兵隊の努力のおかげである。もしも、開発したエンジニアにもう一度同じ条件で設計してみろと命じたならば、たぶん違う形の機体を作り上げるに違いない。これが筆者のF4Uに対する評価である。

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F4Uコルセアの着艦問題に関する考察(その4、F4Uの特徴と問題点 尾翼) 

☆ 大迎角時のスピン対策

 全金属製・低翼単葉の時代になって問題になったことの一つが翼端失速だ。複葉機の翼は上下の翼と支柱・張線による一つのトラス構造なので、翼にかかる曲げ荷重を上翼と下翼の距離で受け止めれば良かったが、単葉機では翼付け根部の厚みだけで耐えなければならない。このためテーパー翼が採用されたのだが、レイノルズ数の関係でテーパー翼では薄くなった翼端から失速が始まりスピンを起こしやすい。翼端失速の対策として捩じり下げや前縁スラットが有名だが、同時に改良されたのが尾翼配置だ。
 迎角が大きくなった時に垂直尾翼が水平尾翼の陰に入ると方向安定性が低下し、結果としてスピンに入りやすくなることがわかり、水平尾翼と垂直尾翼を前後に少しずらして配置することが普通になった。零戦の試作機でもこの問題が発生し、水平尾翼を前上方へ移動し、垂直尾翼下端部は大迎角で方向安定性に寄与するように形状を改めた。

図 6 零戦試作機と量産機の違い(水平尾翼を前上方へ移動、垂直尾翼下端を変更)

6

 中島の二式単戦や四式戦では垂直尾翼を大きく後方に張り出しているし、Me109では水平尾翼をかなり上方に配置して十字尾翼とでもいった形になっている。一方、F4Uやモスキートでは逆に垂直尾翼を前方に配置している。この場合、水平尾翼を避けると言うだけでなく、機首から胴体上面にそって流れてくる気流を捉えることになる。現代のジェット戦闘機ではこの方が主流でF-5、F-20、F/A-18、Su-27などの例がある。この方法では機体前方で発生した気流の影響を垂直尾翼が受ける。有名なSu-27のコブラ機動は、ストレーキが発生する過流の効果で迎角90°でもラダーの効きが失われないことによって可能となったものだ。F-5後期型およびF-20で採用されたシャークノーズも同様な効果を期待したものだが、こちらは横滑りを起こすと過流がラダーにあたり振動を引き起こす欠点があると言う。
 F4Uの垂直尾翼はかなり前方にあり、プロペラ後流や大迎角時に機首周りで発生する乱流の影響を受けやすかったと言う可能性はある。

☆ ラダーロック

 F4Uの異形ぶりが際立っていることの一つとして方向舵が異常に大きいことがある。バランス部と舵面を合わせると固定部より大きいくらいであり、雷電など日本機の小さな方向舵と比較するとさらに異様に見える。こんなに大きな舵面を採用した理由はプロペラトルク・後流対策らしいが、人力操舵はきびしかったと見えて後になるとスプリングタブを採用している。
 気になるのは、大きく張り出したバランス部が横滑りやプロペラ後流の影響で舵を取られるラダーロック現象を起こさなかったのかどうかだ。F4Uの垂直尾翼は前述のとおり大迎角時には胴体上面に沿った気流を受ける配置だが、これだと迎角が大きくなると最後には垂直尾翼下部は胴体の影になりそうだ。上端だけが気流を受けるとバランス部の割合が大きくなりラダーを取られそうな気がするが大丈夫だったのだろうか?右ラダーを踏ん張りプロペラ後流に抗って機首をまっすぐ保ちながら、最終アプローチでじわじわと操縦桿を引いて行くといきなりラダーを右へ取られる、そんな現象が起こっていた可能性もある(スプリングタブはラダーロック対策でもある)。

図 7 大迎角時のラダーへの気流の当たり方

7_2

☆ 水平尾翼の高さ

 水平尾翼の位置は先述の垂直尾翼との関係の他、ダウンウォッシュや主翼付け根乱流などの主翼後流の影響を避ける必要により決定される。
 ダウンウォッシュすなわち主翼の吹き下ろし気流が水平尾翼に作用することによるアップトリムが失速を誘発する現象を避けるため、低翼単葉機では通常水平尾翼を高い位置に置く。F4Uの逆ガル翼の内翼部は大きく下方に湾曲しているため概ね低翼とみなして良いはずで、特にダウンウォッシュが悪さをした可能性は少ないと思う。
 一方、主翼付け根は中翼に近い位置にあるため、ここから発生した乱流が水平尾翼に悪影響を及ぼした可能性がある。円形断面の胴体に主翼を取り付けた機体としては強風とF4Fワイルドキャットがある。強風の場合は前述のように大きなフィレットを取り付けた。F4Fにはフィレットは無いが、試作機XF4Fでは主翼と水平尾翼が同じ高さに配置されていたものが量産型では高い位置に移動している。

図 8 F4Fワイルドキャット試作機と量産機の違い(水平尾翼を上方へ移動)

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 これに対してF4Uはフィレットが無く、また極端な逆ガル翼のため斜め下方向に主翼が生える独特の形状になっている。大迎角時にここから発生した強い乱流が水平尾翼を叩き、微妙なエレベーター制御を困難にしていたのではないだろうか(図8)。F4Uの構造ではこれ以上水平尾翼を上方に移動するには機体の大幅改修が必要であり、かつ着艦時にのみ発生する問題であるため、着陸時の迎角を制限することで対処したと考えられる。

図 9 ダウンウォッシュと主翼付け根乱流の影響

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